Born Into Brothel


ドキュメンタリー映画 "Born into Brothel"(売春窟に生まれて)を見た。監督はZana BriskiとRoss Kaufmann。写真家であるBriskiはカルカッタの売春婦に関心を持ち、1998年から売春窟で暮らし始める。よそ者としてではなく生活者として人々と接してはいても、売春窟の光景をカメラにおさめることは非常にむずかしい。代わりにBriskiの目をとらえたのは町中を走り回る売春婦の子供たちだった。彼女は子供たちに一人一台ずつカメラを渡して自由に写真を撮らせることを思いつき、その講評を兼ねながら毎週写真の授業を行った。子供たちはそれまでカメラなど触ったこともない、まったくの初心者である。カメラも何の変哲もないすこし古そうな型のもの。にもかかわらず、まるでプロが撮ったような写真ばかりで驚かされる。

彼らは明るく屈託はないけれども、母親の仕事、そしてあと数年もすれば自分たちも客をとらされることを知っている。「無邪気」という言葉はもっともむなしい。「子供らしさ」など許されも期待されもしない環境で生きて行かねばならない世界中の子供たちのことを改めて考えさせられる。そんな彼らが、しかし、写真を撮るという行為によって少しずつ変わっていくのだ。子供たちは今までとはまったく違う方法で世界を見はじめる。レンズを通してのぞくことで、人や風景や物に新鮮な興味を持ち、自分と自分をとりまく世界との間にあらためてつながりを見いだしていく。Briskiと友達になぜそれを撮ったのかうれしそうに説明する。子供たち自身の変化は、写真のすばらしさよりも、奇跡的だ。

そんな彼らをなんとか助けたい一心でBriskiは奔走する。ニューヨークでの展覧会に始まり、写真集、アムネスティ・インターナショナルのカレンダー、国際コンクールと、子供たちの写真を世界中に向けて発表し、そうした売り上げで基金を作り、彼らを売春窟から離れた寄宿学校に入れようとするのだ。そういう彼女を見つめる子供たちもまた興味深い。彼らも本当はきれいな良い学校で勉強し生活したいのだ。そしてできることなら自分の母親と同じ人生は歩みたくないと思っている。しかしBriskiの計画に大っぴらに喜んだり興奮してみせたりはしない。子供たちの家族は教育にはほとんどまったく関心がない。それよりも一刻も早く彼らが客をとれるようになることを望んでいるのだ。子供たち自身も長年の売春窟での生活によって、生まれたときから決められていた自分の運命が変わるかもしれないということがなかなか実感できないようでもある。困難を乗り越えて最終的に寄宿学校に入ることができた子供たちの、あの晴れやかな顔にはほんとうに心を打たれる。—そして映画の最後の、そのうちの何人かは家族によって売春窟に連れ戻された、というテロップにはもっと心が痛む。

DVDの特典映像にそれから3年後の子供たちの様子が映っていた。寄宿学校の子供は流暢な英語を話せるようになり、売春窟に戻った子供も地元の学校に通いながら絵はがきを作る仕事をしたり、改めて寄宿学校に願書を出したりしていた。奨学金をもらいアメリカの名門高校へ進学することになった子供もいた。皆元気そうで、自分の運命を変えていく力を信じているように見えた。BriskiとKaufmannは"Kids with Cameras"(カメラを持った子供たち)というNGOを作り活動をさらに広げていた。

"Born into Brothel"は2005年アカデミー最優秀ドキュメンタリー賞を受賞している。日本では未公開。これから公開される予定もないとのことである。